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ふしから芽が出る

 教祖は、親神の思召を理解出来ぬ人間心を、残念と誌して激しいもどかしさを述べられながらも、頑是ない子供の仕草として、些かも気に障えられる事なく、これ皆、高山から世界に往還の道をつけるにをいがけである、反対する者も拘引に来る者も、悉く可愛い我が子供である、と思召されて、いそいそと出掛けられた。教祖は常に、「ふしから芽が出る。」と、仰せられた。        稿本天理教教祖伝逸話篇

 「ふし(節)」の語源は、竹の盛り上がったコブのところ、木の幹の区切りで、断絶されている部分を指します。この意味から、節は時間的にも空間的にも区切りの部分で、関節のようなつなぎ目、時節のような変わり目、などのように使われます。

 竹でも樹木でも節から新しい芽が出ます。つまり、もともとは節という言葉には、命あるものが生きるための大事な局面、という意味を持っているのです。

 しかし、節という言葉は悪い意味で使われる事が多いように思います。厄年というのもその一つかも知れません。でも、教祖は、はたから見れば苦しい、困難な状態である節も、積極的に捉え、希望を予見させるように仰せられています。

 節を活かすも殺すも心しだい、我々の努力しだいで新しい芽を出すことも出来るのです。

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