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練り合い

 練り合いというのは単なる話し合いではありません。これは天理教特有のものだと思います。

 心を石にたとえて、生まれてすぐの人間の心は山から切り出した岩のかけらのようで、デコボコしています。角があったりへっこんだりして当ると痛い。その岩のかけらが石になって川に流れ、上流から下流に下る間に、川の水の中でお互いがこすり合って丸くなっていく。その丸くなった石が川原の砂利石です。

 人間の心で言えば、川の水の中でお互いがこすり合っていくのが「練り合い」だと思います。

 練り合いでは、自分の意見も言うし、相手の意見も聞く、そして多くの意見を聞いて自分の考え方が間違っていれば直す。自分の考え方が正しければ相手に分かってもらえる。そのようにお互いに心を磨き合って丸くなっていくのです。

 岩のかけらが砂利石になるには川の水が必要なように、練り合いには信仰の教理が必要です。教理がなくて練り合ってもそれはただの話し合いにすぎず、良い結論にはつながらず、心も磨かれません。練り合いをする者に教祖の教えがあればこそ、真の練り合いとなりましょう。

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