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ひながた九

 教祖伝に次のようにあります。
このたびハやしきのそふじすきやかに
したゝてみせるこれをみてくれ 一 29
秀司は、既に五十に近くなりながら、正妻が無かった。これに対して親神は、世界たすけの前提として屋敷の掃除を急込まれ、年齢の点からは不釣合と思われようとも、魂のいんねんによって、小東家からまつゑを迎えるように、と諭され、
いまゝても神のせかいであるけれど
なかだちするハ今がはじめや  一 70
とて、教祖自ら、平等寺村の小東家へ出掛け、だん/\と魂のいんねんを説いて納得させられたので、明治二年婚約とゝのい、まつゑは目出度くお屋敷の人となった。
教祖は、おふでさき第一号に、この結婚を台として諄々と夫婦の理を教え、次の一首を以て結ばれて居る。
せんしよのいんねんよせてしうごふする
これハまつだいしかとをさまる 一 74
これは、長男の秀司様ご夫妻を台として、夫婦というものを教えられています。
秀司様には内縁の妻がありましたが、いんねんのある方ではなかったのです。お秀様と云うお子さんがありましたが、十八歳で出直されました。
このお秀様の魂が、後にまつゑ様の子たまへ様として生まれかわってこられます。
私たちは魂のいんねんと云っても分かりませんが、教祖は魂のいんねんが分かっていますから、まつゑ様を秀司様の嫁として迎えられたのだと思います。
特にお屋敷は、元始まりにいんねんのある魂の方が引き寄せられ、世界たすけの為に働かれる場所でありますから。
教祖はご存じのように、「いざなみのみこと」の魂の方であります。人間宿し込みの時の母親となる魂の方です。
ちなみに、二代真柱様の著書「ひとことはなし その三」によりますと、秀司様は「月よみのみこと」の魂の方であった。また、まつゑ様は「たいしょく天のみこと」の魂、こかん様は「くにさづちのみこと」の魂、たまへ様は「くもよみのみこと」の魂の方であったそうです。
お屋敷だけでなく、私たちの結婚もいんねんが寄せられて結婚しているのです。逸話篇では教祖は
「神様は、これとあれと、と言われる。それで、こう治まった。治まってから、切ってはいかん。切ったら、切った方から切られますで。」と、仰せられています。
離婚の多い現在、「いんねんよせてしゅごする」と云うことを心に置かなければならないと思います。

 

 

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