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ひながた おたすけ一

 おたすけの形として二人の高弟の方の話を考えてみます。今月は辻忠作さんです。
教祖伝に次のようにあります。
文久三年三月四日、忠作が初めて参詣して、妹くらの気の間違いに就いて伺うて貰うと、教祖は、
「此所八方の神が治まる処、天理王命と言う。ひだるい所へ飯食べたようにはいかんなれど、日々薄やいで来る程に。」
と、仰せられた。忠作は、教えられるまゝに、家に帰って朝夕拍子木をたゝいて、
「なむ天理王命、なむ天理王命。」
と、繰り返し/\唱えて、勤めて居たが、一向に利やくが見えない。そこで、又お屋敷へ帰って、未だ治りませぬが、どうした訳で御座りましようか。と、伺うて貰うと、教祖は、
「つとめ短い。」
と、仰せられた。これを聞いた時、忠作はハッと心に思い当った。それは、当時のつとめは、たゞ拍子木をたゝいて繰り返し/\神名を唱えるだけで、未だ手振りもなく、回数の定めもなく、線香を焚いて時間を計って居たのであるが、忠作は、一本立てるべき線香を半分に折って居た。これに気付いたので、早速お詫び申上げ、家に戻り、線香を折らずに、毎朝毎晩熱心に勤めた。するとくらの患いは、薄紙を剥ぐように次第に軽くなって、間もなく全快した。
忠作さんは、気が短い方だったそうです。おつとめの時間を線香一本燃え尽きるまでと聞いても、あれもしなけりゃ、これもしなけりゃ、と心が急いで線香を半分に折ってしまったのでしょう。
私たちにも同じことはないでしょうか、定めた朝夕のおつとめの時間を、その時その時でまちまちの時間に勤めてはいないでしょうか。また、今日は寝坊したから朝づとめは止めだとか、今日は忙しいから夕づとめは休みだ、と云うようなことはないですか。
親神様は中途半端な信仰をしていれば、中途半端な御守護しかくださらないのです。
ちなみに、辻忠作さんがおたすけ頂く十年前に、教祖の三女おはる様が辻忠作さんの仲人で梶本惣治郎さんの所へ嫁に行っています。でも、その時は時期ではなかったのでしょう。
辻忠作さんは、教祖と最初に縁があってから十年経ってから、ようぼくとなるよう教祖の所へ引き寄せられたのです。親神様は十年の間待っていたのです。

 

 

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