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元のいんねん

「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降った。みきを神のやしろに貰い受けたい。」
 神々しい威厳に充ちた声に、身の引緊まるような霊気がその場に漲った。
 これは、稿本天理教教祖伝の第一章「月日のやしろ」の冒頭の一節です。
 ここには立教の三大いんねんが記されています。
 一つ目は屋敷のいんねんです。
 この屋敷とは、中山家があった所大和国山辺郡庄屋敷村、今の奈良県天理市三島町二七一番地です。この場所にいんねんがある、と云うのです。
 それはどういう事かと言いますと、この中山家があった場所は、一番最初に人間が宿し込まれた場所なのです。
 天理教教典の第三章「元の理」に次のように記されています。
 ・・・ 前略 ・・・ そして、月様は、いざなぎのみことの体内に、日様は、いざなみのみことの体内に入り込んで、人間創造の守護を教え、三日三夜の間に、九億九万九千九百九十九人の子数を、いざなみのみことの胎内に宿し込まれた。それから、いざなみのみことは、その場所に三年三月留り、やがて、七十五日かかつて、子数のすべてを産みおろされた。
 これに記された「その場所」が中山家があった場所、つまり現在天理教本部の神殿がある場所、「おぢば」なのです。
 二つ目は旬刻限の理です。
 この天啓があったのは、天保九年十月二十三日夜の事です。そして、三日三夜の押し問答の後、夫善兵衛様が承知をされて、みき様が月日のやしろとなられたのが、天保九年十月二十六日朝五ッ刻(午前八時)です。この日が、最初の宿し込みから数えて九億九万九千九百九十九年目になります。
 そして三つ目が教祖たましいのいんねんです。
 天理教教典の第三章「元の理」に次のように記されています。
 ・・・ 前略 ・・・ そこで、どろ海中を見澄されると、沢山のどぢよの中に、うをとみとが混つている。夫婦の雛型にしようと、先ずこれを引き寄せ、その一すじ心なるを見澄ました上、最初に産みおろす子数の年限が経つたなら、宿し込みのいんねんある元のやしきに連れ帰り、神として拝をさせようと約束し、承知をさせて貰い受けられた。
 「最初に産みおろす子数の年限」、つまり九億九万九千九百九十九年が経ったなら、これが旬刻限の理です。
 「神として拝をさせようと約束し」は、教祖中山みき様は「み」様のたましいを持って生まれられた方なので、天啓の時に「みきを神のやしろに貰い受けたい」となった分けなのです。


 

 

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