グーグル検索
Google
WWW を検索
「あぶらかわ」を検索
メニュー

別席

 天理教を信仰し、教会にも参拝し、神様の話を聞くようになりますと、別席を運ぶようにお勧めします。
別席を運んで下さいとお話したら、ある人は「私は腰が痛いのでそんな石は運べない」と断ったと云う笑い話がありますが、言葉で「べっせきをはこぶ」と言うと、何か特別な石を運ばなければならないのか、と勘違いするかもしれません。
別席を運ぶと云うのは、電車なり車なりで、最近は飛行機が流行っていますが、おぢば(奈良県天理市)に帰り、静かな部屋で神様の話を聞く事です。
よふぼくの心得では、別席について次のように書いています。
この結構なおさづけの理を戴くために別席を運ばせていただくのです。別席を運ばせていただく順序として。まず「別席の誓い」を申し上げますが、それはただ字句を覚えるだけでなく、心から親神様にお誓い申し上げるのです。
別席は、元なるぢばのやしきで聞かせていただくお話で、男女の別なく、満十七歳以上の者ならば誰でも運ぶことができます。  このお話によって、めいめい今日まで通ってきた道すがらに、思い違い行ない違いの点があったならば、心を入れ替え心が治まってこそ、別席一席を運ばせていただいたことになります。
このように、心に十分治まるように、同じ真実話を一月一回、九ヵ月にわたって九度聞かせていただき、一席は一席、二席は二席と、なるほどと、だんだん心に治めるとともに直ちにわが身に行なわせていただいてこそ、別席を運ばせていただいた意義があるのです。
そして、九度目の席で満席となり、いよいよおさづけの理を戴きます。別席中に培わせていただいた、人をたすけたいとの真実誠の心におさづけの理が授けられます。 (よふぼくの心得)
別席は九席運んでおさづけを戴けますが、この九席と云うのは、人間が生まれる時に母親の胎内に九ヶ月と十日いるのと同じ理で、ようぼくとして生まれるのに九回神様の話を聞くのだと、聞かせてもらった事があります。
昔は本当に人助けを志して別席を運ばれたと思いますが、最近は気軽な気持ちで話を聞くと云う事が多いように思われます。特に若い時に別席を運ぶと。私もそうでした。
一昨年修養科の一期講師をさせてもらって、別席の傍聴をさせてもらいましたが、別席は改めて心にしみるお話であったと記憶しています。
最後に、小野清一先生の文を載せます。
別席においては、理を任された取次人は、聞く人の心に、しっかり理が治まるように話を伝え、聞く方はうっかり聞いていたのでは何にもならんから、しっかり話の理を心に治め、心を清めることが肝心なのであります。


 

 

プリンタ用画面
友達に伝える
今月の言葉
ゆめちゃんのどうして日記
ナオじいちゃんの本日も晴天なり
カメ吉先生の修養科物語
心の処方箋
新着リンク