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明けましておめでとうございます

 立教百八十一年も明けて、新たな気持ちで過ごされている事と思います。
 真柱様は、秋の大祭の神殿講話において、
「二代真柱様の偉大な業績を称え、遺徳をお偲びするだけでなく、何よりもその公刊を心にかけられ、自らも深く究められたおふでさきをはじめとする原典にいっそう親しみ、さらには教祖にお教えいただいた通りの信仰を目指す復元の精神を忘れず、教典を日々の生活に生かし、教えに即した通り方、教会のあリ方を心がけるとともに、教祖伝をひながたをたどる拠り所として歩むことをお誓いしたいと思います。」
と、述べられています。
 教祖伝を読ませていただきますと、教祖が我々を陽気ぐらしへと導くための、並々ならぬ親心を掛けて下さった事が窺えます。
 特に、教祖が誰彼の別なく読むように勧められ、「これさえ読んでおけば、少しも学問はいらないのやで」とまでおっしやっていたおふでさきは、焼いてしまって無いことになっていた(教祖伝の二百五十一ページから二百五十四ページを参照)ので、昭和三年におふでさきが公刊されるまで、気軽に読むことは出来なかったのです。
 今は、おふでさきを何時でも誰でも読むことが出来ます。
 おふでさきについては、教祖伝逸話篇に
 教祖は、おふでさきについて、「ふでさきというものありましょうがな。あんた、どないに見ている。あのふでさきも、一号から十七号まで直きに出来たのやない。神様は、『書いたものは、豆腐屋の通い見てもいかんで。』と、仰っしゃって、耳へ聞かして下されましたのや。何んでやなあ、と思いましたら、神様は、『筆、筆、筆を執れ。』と、仰っしゃりました。七十二才の正月に、初めて筆執りました。そして、筆持つと手がひとり動きました。天から、神様がしましたのや。書くだけ書いたら手がしびれて、動かんようになりました。『心鎮めて、これを読んでみて、分からんこと尋ねよ。』と、仰っしゃった。自分でに分からんとこは、入れ筆しましたのや。それがふでさきである。」と、仰せられた。これは、後年、梅谷四郎兵衞にお聞かせ下されたお言葉である。(二十二 おふでさき御執筆)
と、あります。
 このおふでさきは、人間が書いたものではないのです、親神様が教祖を通してお書き下さったものなのです。ですから、神様直々の教えなのです。天理教では、みかぐら歌とおさしづとを合わせて、三原典と言っています。
 来月から、このおふでさきを勉強させていただきます。

 

 

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