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教祖伝を拝読して 扉を開いて

 明治十九年陰暦六月二十日、教祖は
「四方暗くなりて分りなき様になる、其のときつとめの手、曖昧なることにてはならんから、つとめの手、稽古せよ」
と、仰せられました。容易ならぬ時が迫っているので、かんろだいのつとめの手をしっかり覚えるようにとのことであります。
 明治十九年も暮れ、明けて二十年一月一日(陰暦十二月八日)の夕方に、教祖は、風呂場からお出ましの時、ふとよろめかれました。その時、伺うと、
「これは、世界の動くしるしや」
と、仰せられました。教祖が現身を隠されることを暗示しているかのように。
 一月四日(陰暦十二月十一日)、急に教祖のお身上が迫って来ました。そこで飯降伊蔵様を通して、思召の程を伺うた処、
「お前達は、親の言葉を心の底から聞いて居ない。この事が親にとっては実に残念である。親神の言う事が嘘なら、天保九年以来この道が続いて居る筈が無いではないか。親神の道が正しいか、世間普通の人間思案が正しいか、よく思い比べて思案せよ。皆の者の成人が余りにも鈍く、聞分けが付かないようなら、親はもうこのまゝ息を引きとって了うかも分らんぞ。」
との事でありました。
 居合わせた人々が相談の上、「世界並の事二分、神様の事八分、心を入れつとめをなす事、こふき通りに十分いたす事」と決まり、お答え申し上げました。
 でも、おつとめは昼は官憲の目がはばかられるので、夜行いました。
 教祖は、「四十九年以前から話をしてきた、たすけ一条の為のおつとめをするように」と、仰せられます。
 でも、眞之様はじめ人々は、おつとめをするとまた警察が教祖を拘引に来る、ご高齢の教祖にこれ以上の御苦労を掛けるわけにはいかない、法律に逆らうことは出来ない、となかなか心が定まりません。
 何日間か、親神様の思いと、親を案じる子供の心とのせめぎ合いが続きました。
 親神様が急き込んでいるのは心定めの人衆定めであります。心を定めるには、難しい事情があるから心を定めるのであります。この教祖の身上があるから皆の心が一つとなって心を定めることが出来るのであると、諭されました。
 親神様が居るからこの世界が生まれたのであります。世界が生まれてから国々が出来、その中に人々が居り人々は身体をお借りして生活しています。その人間が住みやすいように申し合わせて作ったのが法律です。いかに法律が出来ても、それを活用するか否かは人間の心にあるのです。すなわち人間の心が一番大切なのです、心定めが大事なのです。
 二月十八日、陰暦正月二十六日、一同全く心定まり、眞之亮から、おつとめの時、若し警察よりいかなる干渉あっても、命捨てゝもという心の者のみ、おつとめせよ。と、言い渡しました。一同意を決し、下着を重ね足袋を重ねて、拘引を覚悟の上、午後一時頃から鳴物も入れて堂々とつとめに取り掛りました。
 教祖は、午後二時頃つとめの終わると共に、眠るが如く現身をおかくしになりました。時に、御年九十歳。
 教祖は、子供可愛いばかりに二十五年先の命を縮めて、これから世界をたすけに出るのだ。またこれまで渡したいものがあったが渡されなかった、これからはだんだんと渡していく。
 教祖は姿は見えませんが、ここ(お屋敷)に居るのです。そしておさづけを願う人には誰にでも渡して下さる事になったのです。

 

 

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