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明けましておめでとうございます

 真柱様は、昨年の秋の大祭に、次のようにお話しくださいました。
「教祖の五十年にわたる道すがらを、ひながたと呼んでお慕いするのは、それは単に一個人の生涯の物語ではなく、道の子全てがその足跡を手本としてたどるべきもの、実践すべきものだからであります」
今年は次の教祖年祭へ向けての最初の年であります。基本に立ち返って一から始める年でもあると思います。
昨年、修養科の一期講師を勤めさせてもらい、修養科生と共に教祖伝を学ばせてもらいましたが、日頃如何に教祖伝に親しんでいないと云う事を痛切に感じました。
これは、まず、教祖伝を勉強し直し心に修めて、実践に繋げていかなければならないと思います。
また、真柱様は、日常生活における道の信仰者としてのあり方を再確認するために、身近で基本的な教えである、かしもの・かりもの、八つのほこりについてお説き下さいました。
借りるとは、後で返すことを前提に使用することを言います。死ぬということは、親神様からお借りしている体を返すことであります。また新しい体を借りてこの世に帰ってくるから、死ぬことを出直しと言っているのです。
また、体が借り物であるという事は、自分の好き勝手に使えないという事でもあります。貸し主の意向に沿わない使い方をすると、注意や警告を受けることになるでしょう。何不自由なく使うことが出来るには、貸し主である親神様の思召しに沿って使わなければならないのです。
親神様の思召しに沿わない間違った心遣いが、ほこりの心遣いであり、八つあるとお教えいただいています。
親神様の十全の守護(かしもの・かりものは親神様の御守護で人間は生かされていると云う事なので)と八つのほこりの説き分けは、昔は?試験と云って別席を運ぶ前に暗誦しました。でも現在はお誓いの言葉を暗誦すれば別席を受けることが出来ます。
今年はまず、教祖のひながたを心に修めるように、毎日教祖伝を読ませて頂きたいと思っています。そして、教祖のひながたを通らせて頂くよう努めていきたいと思います。

 

 

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