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教祖伝を拝読して その3

 今月は、第三章「みちすがら」をまとめてみます。
 天保九年十月二十六日から、教祖は貧のどん底に落ち切る道を急がれました。
 嫁入りの時の荷物を初め、食物、着物、金銭に到るまで、次々と、困って居る人々に施されました。これには単に施すだけでなく、「この家へやって来る者に、喜ばさずには一人もかえされん、親のたあには、世界中の人間は皆子供である」と云う親の想いがあります。
 そして、高塀を取り払ったり、母屋の取り毀ちをしたのも、財産を施し尽くすことが目的ではなく、「表門構え玄関造りでは救けられん」と、苦しみ悩む人をたすけるためには、その人の気持ちを分かろうとすること、親身になって接すること、また、心を低くするということが大切であることを教えられたのです。
 教祖は五十一歳の時、憑きものでも気の間違いでもない証拠を示させようとの思召から、数年間お針の師匠をされました。また、秀司様も寺子屋を開き、村の子供達を集めて、読み書きなどを教えました。
 そんな中、夫の善兵衛様が出直されました。家族が悲嘆にくれる中、こかん様は教祖の御指図で親神の御名を流すべく浪速の町へと出掛けられました。これが世界たすけの門出たるにをいがけの始まりです。
 教祖五十七歳の時、三女おはるが、初産のためお屋敷へ帰って居た。その時、教祖は、
「何でも彼でも、内からためしして見せるで。」
と、仰せられて、腹に息を三度かけ、同じく三度撫でて置かれた。これがをびや許しの始まりであります。
 教祖は手にした物をことごとく施し続けられるなど、ひながた五十年の道すがらの約半分を、貧の道中に費やされました。
 ある時こかんが、「お母さん、もう、お米はありません。」と、言うと、教祖は、
「世界には、枕もとに食物を山ほど積んでも、食べるに食べられず、水も喉を越さんと言うて苦しんでいる人もある。そのことを思えば、わしらは結構や、水を飲めば水の味がする。親神様が結構にお与え下されてある。」
と、お子様たちを励まされ、どんな中でも変わることのない、親神様の大いなる御恵みに感謝して通ることを教えられました。

 

 

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