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教祖伝を拝読して その1

 八月から三ヶ月間、修養科の一期講師を勤めさせて頂くことになり、今稿本天理教教祖伝を勉強させてもらっています。
 その中から、少しまとめてみたいと思います。
 今回は第一章「月日のやしろ」です。
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降った。みきを神のやしろに貰い受けたい。」
 これは、天保九年十月二十三日夜四ッ刻(午後十時)に親神様が教祖中山みき様の口を通して告げられた最初の言葉です。
 その時の夫善兵衛様の心中は如何ばかりであったろうかと思います。家や家族の事を考えるととてもお受けすることは出来ない、でもお受けしないとみき様は段々と衰弱していく。心の葛藤が続いたのではないかと思います。
 そして、三夜三日の押し問答の末、十月二十六日朝五ッ刻(午前八時)、夫善兵衛様の「みきを差上げます。」の言葉で、教祖は月日のやしろとお定まり下さいました。
 天保九年十月二十六日、教祖中山みき様が月日のやしろになられて、天理教は始まったわけです。これを教祖魂のいんねん、屋敷のいんねん、旬刻限の理と云い立教の三大いんねんと云います。
 元始まりの時に月日親神様が「うを」と「み」とを引き寄せ、夫婦の雛形にしようとご相談された。もし承知してくれるなら、最初に産みおろす子数の年限が経ったなら、宿し込みのいんねんある元のやしきに連れ帰り、神として拝をさせようと約束した。
 この時の「み」様の魂をもって生まれたのが、教祖中山みき様です。これが教祖魂のいんねんです。
 次に中山家と云うのが、宿し込みのいんねんある元のやしきです。これが屋敷のいんねんです。
 そして、天保九年十月二十六日が、最初に産みおろす子数の年限が経った日、つまり最初に人間が宿し込まれた日から数えて、九億九万九千九百九十九年目と云うことです。これが旬刻限の理です。
 ここで思うことは、約束の日である旬刻限は二十六日ですが、啓示があったのは二十三日だと云うことです。親神様は、すぐに返事を求めたのではなく、三日間という考える時間、相談する時間を作ったという事です。ここに親神様の深い親心が感じられるのです。

 

 

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