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かとうやわらこう

 かとうやわらこう、これはある時は固く、またある時は柔らかく、と云う意味です。
今、おぢばで大教会の教養掛として修養科生の指導をしています。
おてふり(月次祭のおつとめの手振りのこと)の練習の時に、ある修養科生がおてふりが上手く出来ない。緊張しているのか手の動きが硬いのです、ロボットの動きのようです。
おてふりは、手の動きが流れるように動くと上手く見えます。そして動きが止まる時はピタッと止まると良いのです。手が動いているときは柔らかく、手が止まる時は固く、なのです。
かとうやわらこうは、こう云う意味もあります。
人を導くには、相手に対する時は優しく柔らかく、自分自身には厳しく固く、これが良いと言います。
自分自身も固いけれども、相手にも固ければ逃げ出してしまうでしょう。どちらも柔らかければ何も教え導くことは出来ません。自分自身には柔らかく、相手には固くは一番悪い接し方です。
身体のことを考えてみましょう。身体の部分で硬いものは何かと云いますと骨です。骨は身体の中にあって身体を支えています。
また、柔らかい部分は何かと云いますと皮膚であり皮下脂肪です。皮膚は身体の外側にあり、相手と接触するのは皮膚です。
これが、骨が柔らかかったらどうなりますか、立つことが出来ずに、軟体動物のように地を這わなければなりません。
皮膚が硬ければ相手は痛がるでしょう、スキンシップは出来ません、赤ちゃんに頬ずりしたくなるのは赤ちゃんの肌が柔らかいからです。また、物を掴むときも上手く掴めません。
教祖は、下働きの男が働かずに怠けていても、いつも「こぐろうさん」と優しい声を掛けていたそうです。そしてそのうちに、その怠け者の男は人一倍の働き手なったそうです。
優しく接して、相手がやる気になるまで待つことが、人を導くコツなのかもしれません。
子供を育てるのも同じだと云います。子供がだんだん成長して少しづつ出来るようになると、親は子供がもう少しで出来ることは、親は手を出さないで子供が自分で出来るまで待つことが大事だそうです。親にやってもらって出来るよりは自分でやって出来ることの方が、子供にとっては喜びになるからです。
私も含めて、せっかちな人はよくよく気を付けるようにしましょう。

 

 

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