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成ってくるのが天の理

 先月号で、陽気ぐらしをする為の考え方として、「二つ一つが天理」と云うことを書きました。もう一つの考え方に、「成ってくるのが天の理」と云うのがあります。
私たちは努力すれば報われると考えます。
でも、一生懸命勉強したのに希望の学校に入ることが出来なかった、とか、汗水流して働いているのに生活が良くならない、悪いことしていないのに病気になった、など思い通りにならないことが多くあります。
信仰でも、一生懸命教会にお参りしているのに御守護頂けない、などと嘆いている人もあります。
この世界は蒔いた種どおりに生えてくるとお聞かせいただいております。善き事をすれば善き理が添うて現れ、悪しき事をすれば悪しき理が添うて現れる、ともお教えいただいております。
教祖は、
「この道は、人間心でいける道やない。天然自然に成り立つ道や。」
とお聞かせ下さいました。
私たちが良いと思っていることでも、神様から見れば間違っていると云うことがあります。間違った悪い種を蒔けば悪い結果として現れます。信仰も同じで、
なんぼしんじんしたとても
こゝろえちがひはならんぞへ  六下り目七ッ
とみかぐら歌にありますように、形ばかりの信仰をしても教えを実行しなければ、神様は受け取って下さらないのです。
ですから、自分にとって良い結果なら素直に喜べば良いし、仮に悪い結果でもこれは自分の心遣いが間違っていたのだと反省すれは良いのです。
私たちは長い人生の中で色々な心遣いや行いをしています。過去の心遣いや行いで現在があり、現在の心遣いや行いで未来が決まるのです。これが、成ってくるのが天の理です。
親神様は私たちの親ですから、私たちが間違ったことをすればすぐには悪い結果を見せません。そのうち間違いに気が付いて反省するだろうと思い、見守っています。でもいつまでも反省しなければ、悪い結果を見せざるを得ないのです。
この親心が分かれば、どんなことでも結構だと思い陽気ぐらしが出来ると思います。
天理教信者が朝夕勤めるおつとめは、親神様が箒となって私たちの心を掃除してくれるのです。そしてそれによって私たち自身が間違った心遣いを反省することなのです。ですから、朝眠くてもおつとめをする事が大事なのです。

 

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