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喜ばさずには帰されん

 先日、2020年のオリンピック開催都市が東京に決まった時に、プレゼンテーションで「おもてなし」と云う言葉が使われ話題になりました。
 また、テレビで、おもてなし英会話の講習会が増えてきた、との報道がありました。
 おもてなし、とは「もてなす」の丁寧語です。
 もてなすとは、大辞泉によれば次のような意味があります。
 心をこめて客の世話をする。饗応する。馳走する。
 このもてなしには相手を喜ばす、と云う意味が込められているのではないでしょうか。 東京オリンピックでは、日本人のおもてなしの心で、日本に来られた外国人の方々に喜んでもらいたい、と云うことだと思います。
 これは素晴らしいことだと思います。
 でも、おやさまは、今から百五十年も前に次のように言っておられます。
 この家へやって来る者に、喜ばさずには一人もかえされん。親のたあには、世界中の人間は皆子供である。 天理教教祖伝
 子供が親の元に帰ってきた時に、美味しいものを食べさせたい、温かい布団で休ませたいと、子供を喜ばせたいと思う親心は、究極のおもてなしの心ではないかと思います。
 今から四十年前に、私がおぢばの電気課に勤めた時に、電気課の先輩に、「おぢばで勤務する者は、喜ばさずには一人もかえされん、と云うおやさまの心を我が心として勤めなければならない」という話を聞きました。
 その時から辞める時まで、常にそのおやさまの言葉が胸にありました。
 最近教会長になって感じたことは、その言葉はおぢばだけではない、おぢばの出張り場所である教会も同じなんだと云うことです。
 教会長として、教会に来た人には、一人も喜ばさずには帰されん、と云う思いで迎えなければならないと思っています。

 

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