グーグル検索
Google
WWW を検索
「あぶらかわ」を検索
メニュー

元一日

 十月は立教の元一日の月であります。
天保九年十月二十六日、親神様が教祖の御身体に入り込まれて(教祖が月日のやしろとなられて)初めて親神様の思召しをお聞かせ下さいました。これが天理教の始まりです。
この元一日を記念して御本部で勤められるのが秋の大祭です。また、毎月の二十六日には月次祭が勤められます。  元一日とは始まった日とでも云いましょうか、最初の日とでも云いましょうか。誕生日はその人の人生の元一日、結婚した日はその夫婦の、その家族の元一日です。
私達天理教を信仰している者にとっての信仰の元一日はいつでしょうか。
初代の信仰の人は分かると思います。でも、二代三代等の信仰の人、信仰家庭に生まれた人はいつからでしょうか。天理教の事は知らないで信仰している夫に嫁いできた人、その逆にお婿さんになった人はいつでしょうか。
別席の誓いの言葉(別席を最初に運ぶ日、初席の日にお誓いする言葉)に次のようにあります。
私は・・・・の事から、お手引を頂いて親神様を知り、その思召しをきかせて頂きましたが、尚一層しっかり心に治めさせて頂き度いと存じまして、この度おぢばに帰らせて頂きました。
このように本来ならば信仰の元一日は初席の日となると思います。しかし自らの意思で別席を運ぶ人だけとは限らないのです。ちなみに私も『ちょっと神様の話を聞いて来い』と親に云われるままに学生時代に別席を運びました。用木も、おぢばの電気課に勤務する為に、あわてて用木になった「駆け込み用木」です。
でも、天理教を信仰している人は誰でも、自分の信仰の元一日はあると思います。
私達は天理教を信仰していく中で、時々は自分の信仰の元一日を振り返り、信仰の元一日の心を思い出す事が必要だと思います。
また、私達を信仰に導いてくれた親や信仰の初代の元一日を知り、その思いも分かる事も大事だと思います。

 

プリンタ用画面
友達に伝える
今月の言葉
ゆめちゃんのどうして日記
ナオじいちゃんの本日も晴天なり
カメ吉先生の修養科物語
心の処方箋
新着リンク