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例え話

 おやさまは教理を分かりやすく教える為に、よく例えを用いてお話下されました。
おやさまご在世当時の信者の方は、農業の仕事をしていた方が多かったせいか、農業に例える話が多くあります。
人間の心遣いや行動を種まきに例えて、
人間は、心一つは我の理と許されて生活すうちに、善き種子もまけば、悪しき種子もまいて来た。善き事をすれば善き理が添うて現れ、悪しき事をすれば悪しき理が添うて現れる。(天理教教典より)
良い事をすれば良い結果が現れ、悪い事をすれば悪い結果が現れる、ということです。
教祖は、ある時一粒の籾種を持って、飯降伊蔵に向かい、「人間は、これやで。一粒の真実の種を蒔いたら、一年経てば二百粒から三百粒になる。二年目には、何万という数になる。これを、一粒万倍と言うのやで。三年目には、大和一国に蒔く程になるで。」と、仰せられた。(教祖伝逸話篇30)
作物は種類によって違いますが、一粒の種から数個から数万個の実を成らせます。以前メロンの栽培を手伝ったことがありますが、一本の苗から三個から四個の実を成らせると、品質の良い物が出来るそうです。また、筑波科学博ではトマトが一本の苗から一万個の実を成らせた栽培を展示したのは有名ですね。
これと同じで、人間の心の種も一粒万倍になって返ってくるのです。
またおやさまは、麻と絹と木綿を比較して次のような話をされました。
麻はなあ、夏に着たら風通しがようて、肌につかんし、これ程涼しゅうてええものはないやろ。が、冬は寒うて着られん。夏だけのものや。三年も着ると色が来る。色が来てしもたら、値打ちはそれまでや。濃い色に染め直しても、色むらが出る。そうなったら、反故と一しょや。絹は、羽織にしても着物にしても、上品でええなあ。買う時は高いけど、誰でも皆、ほしいもんや。でも、絹のような人になったら、あかんで。新しい間はええけど、一寸古うなったら、どうにもならん。そこへいくと、木綿は、どんな人でも使うている、ありきたりのものやが、これ程重宝で、使い道の広いものはない。冬は暖かいし、夏は、汗をかいても、よう吸い取る。よごれたら、何遍でも洗濯が出来る。色があせたり、古うなって着られんようになったら、おしめにでも、雑巾にでも、わらじにでもなる。形がのうなるところまで使えるのが、木綿や。木綿のような心の人を、神様は、お望みになっているのやで。(教祖伝逸話篇26)
人間にも爽やかだけと裏表がはっきりしている麻のような人がいますね、また、そつがなく優秀だけと逆境に弱い絹のような人もいますね。私は木綿のようになりたいと思っています。


 

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