グーグル検索
Google
WWW を検索
「あぶらかわ」を検索
メニュー

ひながた

 ひながたとは、一般的には実際の型を模して小さく作ったものという意味がありますが、天理教で言うひながたとは、教祖が天保九年十月二十六日に月日の社となられてからの、五十年の道中のことを言います。ここで言う月日の社とは、親神様が教祖中山みき様の御身体に入られて、教祖の口を通して色々とお教え下さったことを意味しています。
  しかときけくちハ月日がみなかりて
    心ハ月日みなかしている  第十二号68
 親神様は教祖を通して、人間はどうすれば陽気ぐらしが出来るのかを、口で説いて聞かせ、また、書物として残して下されました。この書物とは三原典である「みかぐら歌」、「おぶでさき」、「おさしず」であります。
 そして、その上で、教祖は御自分の通った道すがらを、陽気ぐらしのひながたとしてくれと仰せられているのです。
 言った事や書物に書いてある事では、そんなことは誰も出来ないだろうと言われるかもしれない、でも実際に通った事ならそれを真似れば出来るだろうと云う、親心なのです。
 教祖のひながたは、多くは苦労の道中でした。大地主の奥様として何不自由ない暮らしが出来るのに、家屋敷を売り払って全て困っている人に施され、自ら貧乏のどん底へ落ちられたのです。また教祖は次のように御話下されました。
 「上から道をつけては、下の者が寄りつけるか。下から道をつけたら、上の者も下の者も皆つきよいやろう。」教祖伝逸話篇28
 では、ひながたからどんな事を学ぶのかを私なりにまとめてみます。
 教祖伝では次のように書かれています。
 こかんが、お母さん、もう、お米はありません。と、言うと、教祖は、
「世界には、枕もとに食物を山ほど積んでも、食べるに食べられず、水も喉を越さんと言うて苦しんでいる人もある。そのことを思えば、わしらは結構や、水を飲めば水の味がする。親神様が結構にお与え下されてある。」
と、諭された。
 これは、人間の身体は神様からの借り物だと云う事を実感させ、またどんな難儀不自由の中でも心勇んで通ることを教えられていると思います。次号に続く

 

プリンタ用画面
友達に伝える
今月の言葉
ゆめちゃんのどうして日記
ナオじいちゃんの本日も晴天なり
カメ吉先生の修養科物語
心の処方箋
新着リンク