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 天理教の信仰を「お道」と言います。
何故「お道」と言うのか、考えてみました。
おふでさきに次のようにあります。
このさきハみちにたとへてはなしする
どこの事ともさらにゆハんで   一号46
やまさかやいばらぐろふもがけみちも
つるぎのなかもとふりぬけたら  一号47
まだみへるひのなかもありふちなかも
それをこしたらほそいみちあり  一号48
ほそみちをだんくこせばをふみちや
これがたしかなほんみちである  一号49
このはなしほかの事でわないほとに
神一ぢよでこれわが事      一号50
また、この他にも道に例えた話が多くあります。
道は通ると云います。通るから道であるとも云います。
通るとは、実行することであります。実行しなければ通ったとは言えません。ただ神様を拝んだり、頭の中で考えた信仰では、通ったとは言えません。
ではどのようにして通ったら良いのか。それを教祖は、口に、筆に、又、ひながたによつて、種々と手を尽し、心を配つて教え導き、陽気ぐらしへのたすけ一条の道をはじめられました。
特に、一列人間を救けたいとの親心から、自ら歩んで救かる道のひながたを示し、物を施して執着を去れば、心に明るさが生れ、心に明るさが生れると、自ら陽気ぐらしへの道が開ける、と教えられたのです。
そのひながたについては、次回お話します。

 

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