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 日参

 教会へ毎日お参りすることを、日参と言います。
 本来はおぢば(奈良県天理市三島町)の神殿へお参りすれば良いのですが、遠くて行けない人のために教会はあり、教会へお参りすることは、おぢばの神殿へお参りすることと同じように神様は受け取って下さるのです。
 何故お参りするのでしょうか?。
 それにはいろいろな理由があります。ひとつは、私達は親神様の十全の守護により生かされている事へのお礼です。
 人間は親神様のお働きが欠けると生きてゆく事が出来ないのです。体温を調節すること、身体の半分以上は水で出来ているという事実、食べ物を消化し栄養として摂取すること、呼吸が出来る事、等々親神様のお働きによるものなのです。
 この大いなる親神様のご恩は、大きすぎるがゆえに気が付かないのです。これは実の親の恩も同じです。他人に親切にしてもらうと、有り難く思いお礼をしお返しもしなければならないと思うでしょう。でも、親の恩や親神様の恩はなかなか感じる事がありません。
 あたりまえだと思うからでしょうか。いや、あたりまえではないのです。
 おふでさきに、
  めへめへのみのうちよりのかりものを
    しらずにいてハなにもわからん  三号百三十七
と、あります。人間の身体は親神様からの借り物であり、親神様のお働きにより生かされている事が分からないと、何も分からないのと同じだと仰せられているのです。
 親神様のご恩に感謝お礼をするために教会へお参りするのです。
 いままであたりまえだと思っていた事が、あたりまえではなく親神様のお陰だという事はなかなか分からないものです。でも、十分に分からなくても良いのです、お参りすることにより、大難は小難に、小難は無難へと親神様にお守り頂く事が出来るのです。


 

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