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ないから分かるもの

 最近、視覚障害者(女性)の方が書いた本を読んで、考えさせられた事があります。

 彼女は、四歳の時に病気で視力を失ったそうです。でも、最初は目が見えなくなった事が分からず、晴眼者(目の見える人の事をこう云うそうです)と同じようにして遊んだり行動をしたので、毎日傷だらけだったそうです。

 そのうち盲学校に入ると、視覚障害者が生活するための色々な訓練をするようになりました。そうした生活の中から、いろんなことが分かり、多くのことを学び、たくさんの感動を得たことを本に書いてあります。

 私は勘違いしていたことが一つありまして、五感の内の一つを失ったら、他の感覚が鋭くなるのは自然になるものと思っていました。ところが、彼女の曰く、目が見えない人が聴覚が鋭くなるのは、大変な訓練をするから出来ることで、何もせずに微妙な音を聞き分ける事は出来ないのだそうです。

 でも、目が見えないからこそ、耳を澄まして鳥の声や風の音を聞き分けることが出来、また色々なものを手で触り、触感でそのものは何なのか、今どんな状態にあるのかが分かるようになったのだと思います。

 彼女が生け花を始めて、気が付いたことがあるそうです。生け花に使う花の葉を触ると、しんなりと柔らかく指があたっても反応がないそうです。ところが庭にある同じ花の葉を触るとパキッと音を立てて葉脈が折れてしまう、さらに野に咲く同じ花の茎を触ると葉脈が折れるばかりでなく枝からの弾力が指に伝わり一種の反発を感じるそうです。私には体験がないので分かりませんが、触ることによって花の命を感じるのだと思います。

 また、訓練によるのだと思いますが、耳で風圧を感じることによって、部屋の中で壁がどの位の距離にあるが分かったり、山に登り頂上から鳥の声や水の音を聞いて、山の高さや谷の深さが分かるのだそうです。

 他にも聴覚や触覚を使って、晴眼者が出来ない多くの事が出来るようになると云います。神様は不平等じゃないんですね。

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