グーグル検索
Google
WWW を検索
「あぶらかわ」を検索
メニュー

陽気ぐらしの手引き12

 みかぐら歌は陽気ぐらしをするための手引書です。

 みかぐら歌の十一下り目では次のような意味のことをお教えいただいています。(但しあくまでもこれは筆者の悟りです)

 大和国山辺郡庄屋敷村の中山家の土地(今の奈良県天理市天理教本部のある所)は、遠い昔に親神様が初めて人間を創られた場所で、おぢばと言いますが、その「ぢば」である地点を定めたのです。何故ぢばを定める必要があったと申しますれば、そこが人類の魂の故郷だから、誰もが来て御参りできるようにということからです。

 おぢばに帰ってきて、夫婦がそろってひのきしんをすれば、これは真実の種、物種となります。この世界は蒔いた種は皆生える、種を蒔かなければ生えてこないという神様の働きの中にある世界です。だから物種を蒔けば必ず良い結果が現れるのです。

 ひのきしんとは、神様への寄進です。寄進と云っても物や金ではなく、自分の体を使って神様の御喜び頂くことを行うことです。そして、ひのしきんは夫婦が揃って行うことが大事なのです。

 おぢばでは、常におやさとやかた(神殿や諸々の建物)の普請が行われています。建物の普請には土を盛ったり、穴を掘ったりと土木作業が必要ですが、昔は人力で土木作業を行っていました。その時誰でも出来るひのきしんとして、もっこで土を運ぶ土持が一般的なひのきしんでした。そこで、日本国中いや世界中から土持のひのきしんをさせてもらいに人々がおぢばへ来るのです。

 もっこというのは、一人では出来ません。二人で力を合わせて、掛け声を掛けながら担がないと上手くいかないのです。これは夫婦揃ってと同じで、一人勝手でやるのでないという意味だと思います。

 ひのきしんは、欲を忘れて行うことが大事なのです。誰でも欲はありますが、神様に対する感謝の行為としてのひのきしんをする時は、なるべく欲をなくして行うということです。すると、良い肥えを施したのと同じだと言うのです。

 作物でも種ばかり蒔いても肥料をやらなければ良い作物は出来ません。同じようにこの世界も良い種を蒔くだけではだめなのです。良い肥しをしなければなりません。それが欲を忘れて行うと云うことです。
 

プリンタ用画面
友達に伝える
今月の言葉
ゆめちゃんのどうして日記
ナオじいちゃんの本日も晴天なり
カメ吉先生の修養科物語
心の処方箋
新着リンク