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陽気ぐらしの手引き10

 みかぐら歌は陽気ぐらしをするための手引書です。

 みかぐら歌の九下り目では次のような意味のことをお教えいただいています。(但しあくまでもこれは筆者の悟りです)

 親神様は世界中の人間を救けたいと思召されています。だからようぼくは広い世界を廻って、一洗二洗でおたすけをするのです。洗とは心を洗うということで、心のほこりを払い澄んだ誠の心となって、おたすけをするということです。

 布教やおたすけに行く時に、不自由のないようにしてやろうと仰せられます。でも、それには神にもたれる心でなければなりません。

 教祖は、
「よいもの食べたい、よいもの着たい、よい家に住みたい、とさえ思わなかったら、何不自由ない屋敷やで。これが、世界の長者屋敷やで。」
 と仰せられ、我や欲が無ければ不自由をすることはないと云うのです。

 ところが、世界中を見渡せば欲のないものは無い、神様の御用を務めるようぼくも同じです。そこで早く欲の心をなくしてくれ、そうしないといくらおたすけを願っても、親神は受け取ることが出来ないのです。

 神様の御用を務めようとする者は、誰でも思案をして心を定めて付いて来てくれ。

 親神様は、世界助けのためには一人でも多くのようぼくが必要なのですが、無理に布教に出てくれとは言わないのです。親神様の思いが分かり、教祖の手足となって布教ににをいがけおたすけに行く心定めが付くまで待っていると仰せられます。

 真に心定めが付くには、中途半端な思いで心定めをするのではなく、十分思案をしなければなりません。

 おみちの教えが広まり、あちこちで朝夕のおつとめや月次祭のおつとめをするようになります。鳴物の音が方々で聞こえるようになります。でも、このおつとめの真の意味を、親神様の真の思いを分かっている者はほとんど居ないでしょう。

 おつとめで「南無天理王命」と神名を唱えるならば、早く親神様の思いやおつとめの意味を尋ねるために、おぢばへ帰って下さい。おぢばからこの教えは始まったのですから。
 

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