グーグル検索
Google
WWW を検索
「あぶらかわ」を検索
メニュー

分岐点

 人生には分岐点となる時が何回かあると思います。私にとっての一つの分岐点の話をしたいと思います。

 学校を終えて就職した先はおちばでした。正確には財団法人天理教本部営繕部電気課というのが勤務先でした。

 学生時代からコンピューターの仕事がしたくて、大学も二度受けましたがことごとく失敗しました。でも、夢があきらめきれず、東京でコンピューター関係の仕事をしている友人に頼んで、良い就職先はないかと探してもらっていました。

 おぢばに勤めて三年ほどした時、夜明け頃、多分三時か四時頃だと思うのですが、胸が圧迫されるように苦しくなり寝ていられなくなりました。体を起こすと胸の圧迫感は消えます。横になるとまた胸が苦しくなる、だから眠いのに起きていなければならない。こんな事が何日も続きました。

 ある日の事、胸が苦しくて寝ていられず、起きて時計を見ると午前四時過ぎでした。その時ふと思ったのが「起きて何もしないのはもったいない、朝づとめに参拝しよう」と云うことでした。それまでは申し訳ない事ながら、おぢばに住まいさせてもらっても、朝夕のおつとめに参拝させてもらったことはなかったのです。善は急げという事で、その日から毎日朝づとめに参拝させてもらいました。そのうちに夕づとめも参拝させてもらいました。

 朝夕のおつとめに参拝させてもらうようになってから、どうでもコンピューターの仕事をしたいという気持ちが心から消えていきました。それよりもおみちの御用をしたいと思うようになり、道一条になる決断をしました。

 その後父に帰って来いと言われ、青森に帰ってきました。最近は道一条と言うわけにはいきませんが、おみちの御用もさせてもらいながら、パソコンを仕事等に活かしています。いわば夢がかなったのです。だから、その時の決断は間違っていなかったと思っています。

 お言葉に「成ってくる理」と云うのがあります。自分にとっては難しい、辛い決断を迫られることもありましょう。その時に神様にもたれて心を定めれば、後で結構を見せて頂けるものと信じています。
皆さんの分岐点はどうでしたか。

プリンタ用画面
友達に伝える
今月の言葉
ゆめちゃんのどうして日記
ナオじいちゃんの本日も晴天なり
カメ吉先生の修養科物語
心の処方箋
新着リンク