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陽気ぐらしその5

 人間というものは、身はかりもの、心一つが我がのもの。(おさしず明治22年2月14日)

 とお教えいただいています。

 私たちの心は自由に使うことが出来る、と云うのです。でも、心の遣い方を間違えば陽気ぐらしが出来ないのです。そこで、親神様は身上(病気)や事情に現して心遣いの間違いを教えて下さるのです。

 では、どういう心遣いが良いのでしょうか。どういう心遣いが悪いのでしょうか。それを教祖は「みかぐらうた」でお教え下さっています。

 天理教では月次祭や朝夕におつとめをしますが、みかぐらうたはおつとめの地歌としてお教え下さいました。それは常に心に留め置くようにという親心からではないかと思います。

 みかぐらうたの第四節は、「よろづよ八首」です。

 このよろづよ八首では、親神様の存在をお示しになっています。

今まで(天保9年10月26日以前)は親神様の思いを知っているものは誰もいなかった。それは教えなかったから仕方が無いことである。

 このたびは、教祖を通して真実(何故人間が生まれたのか)を全て教える。

 人間が最初に生まれた場所は、大和の国(奈良県天理市)で「ぢば」と名づけられた所である。

 人間がこのぢばで生まれたと聞いたならば、どんな人でも恋しく思うであろう。

 誰でもこのぢばへ来て、何故人間が生まれたのか聞くならば、全てのことを教えよう。

 親神様が教祖を通してこの世の表に現れ、人間は陽気ぐらしをする為に生まれたのだという真実を納得したならば、世界中の人間の心は勇むであろう。

 親神様は世界中の人間に陽気ぐらしをしてもらいたいから、世界中の人間の心を勇ますのである。

この心を勇ますために「おつとめ」をするのです。

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