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年祭の旬

 今年は教祖120年祭の年です。年祭は教祖に限らず出直した御霊様に対しても行われる仏教で言うところの法事と同じ行事です。一般に年祭は出直した人の遺徳を偲び、報恩感謝の気持ちで遺族が行うものであると聞かせてもらっています。ただし、教祖の年祭はそれだけではなく、教祖は、人間をお創り下された親神様が入り込まれた「月日の社」というお立場から、私達人間の親であります。肉親の親は子供の成人を楽しみにしていると思います。それと同じで教祖も我々人間の成人を楽しみにしているのです。そして年祭は銘々がここまで成人したという姿を教祖にご覧頂く時であるお聞かせ頂いております。

 また年祭は救かる旬でもあるとお聞かせ頂いております。

 おさしづで次のようにお教え頂いています。

 ものというものは旬がある。道理諭せば皆旬がある。旬が外れると、種を下ろしても生えるものもあれば、生えんものもある。旬が外れば覚束ないもの。どんなものでも旬が外れると、一花だけで落ちて了たら、どうもならん。   明治28年5月12日

 旬に治まれば末代、と諭し置こう。  明治28年5月19日

 どんなものでも旬という時節というものがあります。花でも種を蒔く時期、肥やしをやる時期、草を取り手入れをする時期等があります。この時期を外せば種を蒔いても花が咲かない、花は咲いてもすぐに枯れるというようなことになります。

 信仰も同じで、にをいがけやおたすけの種を蒔いても、旬に蒔かなければ花が咲かない、実が成らない。教祖の年祭はその旬なのです。

 まずはおぢば帰りをしましょう。周りの人をおぢば帰りにお誘いしましょう。

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