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おみちの信仰

  昨年は災害や凶悪な事件が続き、暗い一年でした。明るい事と言えば、アテネオリンピックで取ったメダルの数が過去最高だったと言う事くらいです。

 最近の世相を見ますと、景気は思うように良くならないですし、過去には無かったような凶悪な犯罪は増えますし、戦争はテロという形に替わって続いていますし、この先どうなるのだろうかと思うほど、お先真っ暗ですね。
 
 こんな時こそ、おみちの信仰が必要だと思います。
 
 神様のお話に、
 かりものという理がわかれば、いかなる事もみなわかるという。それ、かりものの理がわかれば、をしい、ほしいのほこりもなく、にくい、かわいのへだてもない。人をうらむ心も出ず、いつも心陽気であり、腹を立てるような事もない。うそについしょうこれきらい、よくに、こうまん大きらいというも、心にわかるであろう。
 
 と、あります。かしもの・かりものの理が分からず、何でも自分のものだと思い、自分が良ければいいと思う心には、先は暗闇で、足を踏み外したり危ない道をさまよい行くことにもなります。
 でも、我が身、我が家族、我が家は神様からのかりものである事が分かれば、暗闇に月の光が射したも同じ事で、道がはっきり分かり、危ない事も無いのです。
 養老孟司さんが次のような意味のことを言っておられます。
「人間とは変わるもので、情報は変わらない。でも、自分は変わらないと思い、話した言葉を簡単に覆すから、世の中おかしくなるんだ。」
 人間の心はコロコロ変わるから「こころ」と言うんだと聞いたことがあります。心は変わりやすいものです。でも、話した言葉や書いた文章は変わりません。また、教祖が残してくれた「おふでさき」や「みかぐらうた」、それに「おさしづ」は変わりませんし、いつの時代でも心の定規となるものです。
 今年は、この「おふでさき」や「みかぐらうた」、「おさしづ」の勉強をしたいと思っています。
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